土蜘

夕刻、友と京橋で別れたのち、東銀座方面へぶらぶら歩いていく。疲れたから芝居でもみるか、と思って。
歌舞伎座に到着すると、一幕見の列がおもむろに動きだしたところ。とりあえず後尾につく。演目は、吉右衛門の土蜘らしい。

最後に芝居をみたのは夏だ(地方巡業だった)。
歌舞伎座もずいぶんひさしぶり… ことによると去年一年、足を踏み入れなかったのではないか。でもこないだも来た気がするのは、ロンドンの劇場の桟敷席に似ているせいかもしれない。

新古演劇十種の内 土蜘
僧智籌実は土蜘の精:吉右衛門源頼光芝翫、平井保昌:段四郎、侍女胡蝶:福助 ほか

幕が開き、囃子がはじまって、そっか松羽目物かと気づく。そのうちそこに三味線の音が混じりだすのが能掛りのおもしろいところ。
三味線の異質さ、さらには"猥雑さ"なんてものまで自分の耳が認識するのも可笑しい。二十歳をすぎてから能楽を観だした人間が、ほんの数年で「情報」に耳を染められてしまったらしい。自分の身に起こったことなだけに妙だ。
囃子が鳴っている最中に、物々しく作り物が運ばれてくるのがおかしかった。これじゃ中身がバレる(笑)

狂言を模したコミカルな一場が挿入される。3人の冠者、巫女と子ども。遠目に、小さい人形だかなんだか判別のつきかねていた物が急に踊りだしたのに私も驚いた。

平井保昌は段四郎。カッコいい!
これだけ離れると(遠い…)、この人の演技の的確さがよく分かる。(実は間近でみて、そのいかついのに─雰囲気・風貌ともに─恐れをなしたこと何度かあり…ひ弱な歌舞伎好きなもので)

そして吉右衛門。後シテは観ていて生理的快感をおぼえる。歌舞伎の理屈抜きのおもしろさってものを実感させてもらった。

侍女胡蝶の福助はやや精彩を欠いていたように映ったが…よく分からない。成駒屋3代共演かー。

ところで国立劇場の「御ひいき勧進帳」 、この配役なら行かなくちゃ。明日にでも。
半年足が遠のいたあとは連日の見物か。歌舞伎座の「鳴神」もみたいんだった。